久留米内科医会学術講演会 (H26. 3.12)

日時:3月12日(水) 特別講演:「かかりつけ医と精神科医の医療連携」

-内科医のためのうつ病の診断と治療ー

     久留米大学医学部 神経精神学講座

     教授  内村 直尚 先生

<うつ病とは>

抑うつ気分、興味や喜びの喪失、活力の減退による易疲労感の増大や活 動性の減少を主症状とする 精神疾患です。

患者は100万人以上存在し、生涯有病率は5~10%で女性の有病率 は男性に比べて約2倍高いです。好発年齢は20~30代ですが、中高年の発症も多いようです。

<原因・病態>

うつ病の発病メカニズムは未だ不明です。うつ病の原因は単一のメカニ ズムで説明されるとは限らず、複数の病態からなる症候群の可能性もあります。 様々な仮説が提唱さ れています。

 

生物学的仮説

モノアミン仮説: モノアミン類、セロトニン、ノルアドレナリンなど の神経伝達物質の低下によって起こるとした仮説です。

脳の海馬領域における神経損傷仮説: 遺伝子レベルでの基礎が存在するという説や、幼少 期の心的外傷体験が神経損傷を起こすという説や、心理的に過剰なストレスを受け続けるとコルチゾー ルが過剰に分泌されて海馬の神経細胞が破壊されて、海馬が委縮するという説が あります。

 

心理学的仮説

病前性格論: 几帳面・生真面目・小心な性格を示すメランコリー親和 性性格や執着性格、循環性格を持つ人が責任感から無理を重ねてうつ病を発症するという仮説 ですが、最近ではこれらの性格に該当しないディスチミア親和型とよばれる一群の患者が増加しており、病前性格の評価そのものが 困難になってきています。

 

その他うつ病の発症・経過に影響する因子

薬物・アルコールとの関連: 過度のアルコール消費やベンゾジアゼピ ンはうつ病発症リスクを増加させます。インターフェロン、降圧剤、ステロイ ド、H2-blocker等にうつ状態の副作用が起こりえます。

社会的要因: 貧困と社会的孤立や生活上のストレスがうつ病につなが る可能性もあります。

また脳卒中、心不全、COPDなどの疾患の20%程度にうつ病を合併 するとのことです。

 

<臨床所見>

精神症状:抑うつ気分・興味や喜びの喪失・思考制止や焦燥感・集中力 の低下・自尊心の喪失や自責感・自殺企図や希死念慮などがあり、種々の妄想がみられること もあります。 重症になると自発性が低下し、無動・無言となることもあり ます。

 

身体症状:食欲低下またはまれに亢進・不眠またはまれに過眠・倦怠 感・易疲労感・めまい・頭痛・便秘・下痢などです。初期には身体症状が前面にでるために一般内科など精神科以外の科を最初に受診する場合が多いようです。うつ病患者の90%以上は不眠を伴います。また、不眠症の 20%(中高年では50%)はうつ病 とのことです。

 

 

 <診断>

WHOの国際疾病分類であるICD-10や、アメリカ精神医学会のDSMの診断基準に基づいて行われますが、日常診療で多忙なプライマリーケア医のために短時間で精神疾 患を診断・評価できる、自己記入式質問票版としてPHQ(Patient Health Questionnaire)が 開発されました。

その中からうつ病に関わる9項目を抽出してPHQ-9という質問票が 作成されました。さらにその中からPHQ-3として「興味・関心の低下」「気分の落ち 込み」「不眠」の項目だけで、中等度以上のうつ病は100%、軽度のうつ病は97.5%が診断可能 とのことです。

 

不眠とうつ病の関係

眠るまでに1時間以上かかる・・・・・・・ うつ病の リスクは4倍

睡眠の質が悪い(ぐっすり眠れない)・・・・3倍

睡眠薬の服用が週に2回以上・・・・・・・ 3倍

問診の際は、「1時間以内に眠れて、ぐっすり 眠れますか?」と聞くと良いそうです。

 

自殺に関して

問診で希死念慮を聞くことは重要です。久留米市では自殺者は6:4で男性に多く、男性では50才代・30 才代が多く、女性では65才・25才に多いようです。全国では60才代に多く、年々若くなる傾向にあるそうです。

大量服薬やリストカットは未遂者に多く、繰り返すことが多いのに比 べて首つりや投身は少ない回数で既遂者となることが多いとのことです。精神科通院既往は、未遂者では59%、既遂者では23%と既遂者の 方が少ないようです。久留米市でも自殺対策を施行後に自殺者は9%減少したとのことで す。

うつ状態の原因となる疾患として甲状腺機能異常、他の内分泌疾患、 自己免疫疾患などがあり、 鑑別のためには血液検査が必要です。てんかんに伴ううつ状態の鑑別のための脳波検査や、中枢神経系器質 疾患の鑑別のための頭部CTやMRIも必要です。また、認知症との鑑別のための長谷川式や脳血流SPECTも有用です。

 

 <経過と予後>

うつ病は一定期間症状が持続する病相を形成することが特徴的であり、 1回の病相は数か月~1年程度です。病相は通常ほぼ病前と同様の状態まで改善し寛解状態となります。寛解 が4~9か月続くと回復ということになりますが、再発・再燃することも多くその割合は50%以上ともいわ れています。うつ病相が2回以上出現したものは反復性うつ病と呼ばれます。寛解に至れば予後は良好であるといえますが、約10%の患者は自殺に至るとのことです。自殺者は毎年3万人以上で、男性が女性の2倍以上です。

 

<治療>

治療導入

患者・家族に説明・心理教育を行います。

1.「うつ病」という診断を伝え、現在の状態は病気によって引き起 こされたものであり、怠けや弱さによる ものではなく、自分を責める必要はないことを説明します。

2.療養中は大きな決断を避け、重要な事柄についての判断を先延ば しにするように助言します。

3.自殺に対する考えの有無を確認し、自殺に至る行為は絶対にしな いように約束してもらいます。

4.患者の家族や周囲の者には、特に急性期では「はげまし」や「気晴らしへの誘い」が逆効果となることを理解してもらいます。

 

病期による治療

急性期治療:休養と服薬が重要です。一時的に悪化したとしてもあ せらず治療を継続するように促します。

継続・維持療法:寛解状態に移行しても、早期に抗うつ薬を減量、中止することは再燃の危険性を高めます。このため、副作用がなければ寛解後も4~9か月、あ るいはそれ以上、急性期と同容量で維持することが勧められています。反復例では回復後も2年以上薬物療法を継続すること が重要です。また学業や仕事への復帰に際しては無理をしないよう に伝え、少しずつ負荷を増すような配慮が必要です。

 

入院治療の適応

自殺の危険性が切迫した状態や、水分や食事が摂取できない状態 にある場合が適応となります。また服薬状況の悪い場合や十分な休養がとれない場合も状況に応 じて入院治療となります。

 

薬物療法

薬物療法の原則  抗うつ薬は少量から開始し漸増しますが、なるべく速やかに増量 することです。 最終的には十分量を投与します。効果判定には時間がかかるので(4~8週間程度)、十分期間効果判定を待つことが大事です。

第一選択薬:

  SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)

  SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み 阻害薬)

従来の抗うつ薬より副作用は少な いですが、開始直後に嘔気が出現することがあります。 まれではありますが、自殺行動と の関連も疑われているために、若年者への投与は注意が必要です。

  NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロト ニン作動性抗うつ薬)

SSRIやSNRIより効果発現 が早く、嘔気などの副作用も少ないですが、眠気や体重増加などの副作用がみられることがあります。

第一選択薬が無効の場合や効果が乏しい場合は、三環系抗うつ薬 が使用されたり、非定型抗精神病薬などが併用されたりします。

抗不安薬や睡眠薬の併用は、必要最小量を短期間使用するのにと どめ、抗不安薬のみでの治療や多剤併用、漫然とした長期投与は慎むべきです。ただ、不眠を伴 ううつ病の場合には、睡眠薬を併用した方が抗うつ薬の治療効果を高めるという報告も あります。抗不安薬や睡眠薬は半減期や筋弛緩作用や中止しやすさ等を考慮 しながら適切に使用しましょう。2剤使用しても効果は変わらないので、単剤でいずれやめること を前提として投与することが大切です。

抗うつ薬(特に三環系抗うつ薬)には副作用として心筋伝導系障 害をきたす可能性のあるものが 含まれるために、心電図にてQ-T間隔の延長のチェックなども必要です。

 

<精神科専門医への紹介のタイミング>

1.躁状態が過去に出現したことがある(双極性障害の可能性もあるた め)

2.不眠があり睡眠薬を2剤以上使用するが効果が乏しい

3.第一選択薬の抗うつ薬で4~8週経過をみても効果がない(薬を切り 替えても3割程度しか効きません)

4.自殺の危険性がある

5・重症のうつ病(幻覚・妄想がある)

6・アルコール依存が疑われる

7・脳の器質的障害が疑われる

8・入院が必要な場合や診断に迷った時

9・自虐的、罪業的な状態が過度になった時

 

今回の講演ではうつ病の適切な診断と治療、うつ病に関連した自殺について 内村先生の取り組まれている幅広い活動や研究データから詳しく教えて頂きました。

 

先生がうつ病や自傷行為について、一般開業医との間のみならず公的機関・ 弁護士・救急隊・精神保健福祉士などとも広範囲に地域ネットワークを構築されうつ病患者の救済に力を注いであることに感銘いたしました。私自身は、うつ病は自殺に至る可能性があるということで怖くて積極的に診療することから腰が引けており、また精神療法も同時に開始する必要がある思われることから、うつ病連携シ ステムを利用して専門医へ紹介して治療してもらうのが良いのではないかという気持ちがあります。したがって、うつ病の診療をするにあたっては「かかりつけ医のうつ病アプ ローチ研修」にすすんで参加して十分に研鑚を積んでおく必要があると考えています。

最後に、自分自身がうつ病にならないためにも日頃からストレスをうまく解消し、家にこもらず積極的に講演会に出席して勉強をして、情報交換会でみんなと雑談をするという事が 最も良いことではないかという結論で報告を終わります。

      長すぎるサマリーで申し訳ありませんでした。

                            広報委員      松枝俊祐

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